連休最後の日、俺は家の近くの電気屋に来ていた。明日からまたバタバタした日常が始まるってのに(いや始まるからか)、夕方のこんな時間に人があふれかえっていた。皆何を求めてそこに来ているのか、たぶん年始のセール品かもしれないが、俺はというと何も目当てのものはない。ただ何となく家から出たくてここに来た。
 家が嫌だってわけじゃないよ?正月中ずっとコタツでゴロゴロしてたから、いい加減外の空気を吸おうと思いたっただけ。
 電気屋の店員は客の応対で忙しくて、テレビの大画面をぼーっと眺めているだけの俺なんか目にも入らないようだった。そのほっとかれ感が逆に心地よくて、俺は自由に店内を散策しては、見本品を手に取っていじってみたりした。
 「お客様いかがでしょう?」
 すると、人手不足のようにも見受けられていた店員の中にも暇人がいたのか、一人の新人っぽい女性店員が俺に声をかけてきた。小柄で痩せた、ロングヘアーを一つに束ねた、可愛い子だった。すっかり油断していたせいで彼女が近づいてくる気配にさえ気づかなかった。
 「いやあ、ちょっと見てただけで、しかし最近の家電は安いですね。いや、ほんと。」
 俺はほとんど何の気なしにそう答えていた。
 「こちらの商品はLED電球搭載型で消費電力などのランニングコストを従来のものよりもぐっと抑えられる上、軽量でキズがつきにくくカラーバリエーションが10通りもあり…」
彼女は説明を始めた。俺はほとんど聞いたふりだったが、それでもよかったらしく、ただマニュアルに従っているだけみたいだった。へえとか、ふぅんとか言ってる間それとなく彼女を観察していたが、たぶん社会人になり立ての不器用な新人ってとこだろう。化粧はしていたが表情に愛想が無く、説明を間違えないように気を集中させているようだった。時々言葉に詰まったり、俺がうなづくたびに緊張がほぐれるところが可愛らしい。客によってはこのどん臭い感じにイラつく者もいるだろうが、俺はたいしてこの電化製品に執着していないので、他にもっと重要な機能の説明を促すことができたとしても別につっこまない。
 「なるほどね」
一通り説明が終わったと思われる時点で、俺は納得したようにそううなずいて見せた。俺の様子を見てホッと息を吐いた彼女は、しゃべっている時と比べると、昔の同級生みたいなありふれた親しみ安い顔つきに見えた。
 「ところでさ」
 「はい、何でしょう。」
 「君、年いくつ?」
 「……22です」
 ふぅん、意外と年齢は上なんだ。俺は物事というのは自然とバランスを保つよう進んでいると考えてしまうたちで、自分が相手の穴を埋め、相手も自分の穴を埋める何かを持ち合わせているからこそ惹かれるんだと勝手に思ってしまう。
 女性の前で、いつにもまして大きな、落ち着いた気分でいられている自分に喜びを感じつつ俺はほとんど流れと言ってもいいくらいの軽快さで言葉を続けた。
 「あのさ、唐突で悪いんだけど、…今度一緒にどこかで食事でもしない?」
 「……」
 ふいに彼女はその場を駆け足で立ち去ろうとし、ハッとして慌ててこっちを振り向くと、
 「お客様少々お待ちくださいませ」と言って、またくるりと向きをかえると、店の奥へと消えていった。
 しばらくすると、今度は男の店員が俺のところにやってきて、
 「お客様何かお困りですか?」と声をかけてきた。
 別にお困りじゃねーよ、と言いそうになったがバカらしいのでこらえて、
 「いや、大丈夫ですが…」とだけ、言った。
 たぶん彼氏とかじゃなく、たんに出来る先輩だな。と俺は何となく感じ取りながら、でももしかしたら彼女と両思いだけど認め合うまでにはいたっていない関係の仲なのかもしれないなど、冷えた頭の中でしたくもない連想をしながら、足早にその場を離れた。
 店を出ると、外はもうすっかり暗くなり、粉雪がちらついていた。
 先ほどの自分の行動を客観的に振り返ると、恥ずかしさで顔が火照ってきた。なんだかわけのわからない裏切られたような理不尽さを感じて、こんな気持ちになるなら家から出るんじゃなかった、と一瞬考えそうになったが、もうそんなことでそんなにまで後悔するほど子供じゃない。これも一つの経験だと前向きに考えることにした。
 だって、もしあの女性店員が自分への誘いを軽くあしらえるような器用でこなれた感じの女性だったら、俺はナンパできなかっただろうし、そもそも好意を抱くことすらならなかったかもしれないのだから。か弱そうな女にしか行けない俺がまだまだ青いのかもしれないが、世間慣れしていない女が魅力的なのは確かだ。と、俺は思う。しかし、こっちがよけれはあっちが駄目で、世の中とは思うようにはいかないのが常なんだ。彼女はたぶん守られることによって純粋性を保っている。もし自分で自分を守れるようになったら、あの透けるような弱々しさはなくなって代わりに若干の近寄りがたさを身にまとうだろう。
 俺は帰ってコタツに入り、祖母が作ってくれた雑煮を食べる。そしてテレビでもみながら明日の予定について考える。しかし、その合間合間に今日会った女店員のことについて考えてしまうだろう。そして、数日後またあの電気屋におもむき彼女をみつけお詫びの言葉をのべるか、あるいは何もしないかもしれない。お詫びの言葉を口にしたあと、彼女は微笑みながら別に構わないと言い、俺は今度は慎重に言葉を並べて、彼女と関わりを持つ道を探すかもしれない。
という前向きな想像が、家路につく道中ゆっくりと頭の中を満たしていった。




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